<第三話>
本当は一生気付きたくなかった想い。
本当は持ってはいけなかった想い。
叶わなくていいから、伝わらなくていいから、秘めていることを許してください。
コンラート様を愛していることを。
「ったら、どうしたの?」
目の前で不思議そうな顔をしている奥様を見て我に返る。慌てて空になったカップにお茶を注ぐと奥様が微笑んだ。
「なにか悩み事?あたくしでよければ力になるわよ?」
「悩みなんてわたしにあるわけないじゃないですか。こちらの皆さんには可愛がってもらえて、幸せです。悩むことなんてありません」
「あら、では恋の悩みかしら?最近艶っぽくなったみたいだもの」
「恋、ですか?」
嬉しそうに笑う奥様とは対象的に後ろめたい気持ちでいっぱいになる。
「そうねえ。うちに来る仕立て屋の息子さんなんかどう?どうもあなたに気があるみたいよ」
「まさか。とんでもないです」
「それに靴屋の三男も、帽子屋の跡取りも。がいないとがっかりして帰るのよ?」
苦笑して話を聞いていると目の前のテーブルに影が落ちた。
「では彼らを出入り禁止にしなければいけませんね」
「コンラート?やきもち?」
「コンラート様?お帰りなさいませ!」
立ち上がろうとしたわたしの肩を押さえて止まらせ、奥様に視線を向ける。
「母上、に悪い虫がつかないように頼みますよ」
「わかっているわ。ちゃーんと釘をさしているったら。にはコンラートが番犬のように張り付いているって」
「番犬だなんてそんな!悪い噂でもたったら…!」
おろおろとするわたしを二人は何故か嬉しそうに見つめて笑った。
「奥様?コンラート様!笑い事ではありません!」
「すまない」
「ごめんなさいね?あんまりにもが可愛いものだから」
こうやって甘やかすのはどうかと思うんだけど、こんなににこにこされると何にも言えない。
「母上、そろそろを返してもらえますか?」
「えー?もう?」
「もうって、まだ返さないつもりですか?」
わたしの腕をとって立たせながらため息を吐く。
「そろそろ俺もと遊びたいんです」
「しかたないわねー」
手を振りながら見送る奥様に頭を下げてコンラート様に引かれるまま歩き出す。
「お早いお帰りでしたね」
「ああ、うん」
「会談はうまくいかれたんですか?」
「……たぶん」
「たぶん?」
先を行くコンラート様が空いた手で頭をかく。歯切れの悪い言い方に聞いていいものか悩む。
「……さっきの、母上の話だけど」
「はい?」
「を気に入ってる奴がいるって」
「ああ、奥様の冗談ですか?」
「冗談じゃなくて本当」
急に振り向いたかと思えば真剣な顔で、笑っていたわたしを咎めているようで、思わず俯いた。
「は気付いてないみたいだけど、出入りの商人に人気あるんだよ」
「…でも……」
わたしはあなた以外興味がないから。
「俺がいつも必死なの、知らなかった?」
「必死、だったんですか?」
努めて明るく、茶化すように。
「コンラート様?妹のように可愛がっていただけるのは嬉しいですが過保護ですよ?」
「…………」
「わたし、子供ではありません。心配なさらずとも間違いなど起こしませんし、コンラート様のおそばから離れるつもりもございません」
「?」
「コンラート様が許す限り、おそばでお世話いたします。今のわたしにはご恩返しにできる精一杯のことです」
どこか腑に落ちない顔をして、また歩き出すコンラート様の背中を追いかける。
「コンラート様?」
「……手」
背中を向けたまま差し出された手に戸惑いつつ、そっと重ねた。軽く、徐々に力強く握られる手に涙が滲んだ。
いけない。こんな顔を見られたらなんて思われるか。
思えば思うほど想いは強くなって涙が止まらない。