<第二話>

わたしの仕事は、まずコンラート様を起こすことから始まる…のだけど。

「おはようございます。コンラート様」
「ああ、おはよう」

毎朝わたしが来る前には起きていて身支度も済まされている。寝顔なんて見たことがない。
次はお茶を淹れてから今日のスケジュールの確認をする。細かなことはちゃんとした秘書さんがいらっしゃるからわたしはただの確認だけ。

それが済んだら朝食に向かう。必ず親子三人で食卓は囲まれるから、その時は旦那様や奥様のお世話もさせていただいてる。

「と。…
「はい?」

奥様にお茶のお代わりを急いで済ませコンラート様のところへ向かう。

「あーん」
「あーん?んん!?」

口に入ったものを思わず噛み砕いていると旦那様が呆れたように笑った。

「まだそれが苦手か?」
「もうそんな子供じゃありませんよ」
「コンラートったら、どこでもそんなことやってるんじゃないでしょうね?」
にだけですよ」
「それはどういう意味かな?」

茶化すように旦那様が言うから慌てて口の中のものを飲み込んだ。

「旦那様、コンラート様は嫌いなものをわたしに食べさせただけですよ」
「可愛いからかまいたいだけだよ?」
「それは、ありがとうございます」

内心動悸が激しいけど表面上は穏やかに繕って笑ってみせる。

「ねえ?コンラート。あたくし今日買い物に出かけるの。も連れて行きたいんだけど」
は俺の世話係だから駄目です」
「たまにはあたくしの世話係になってもいいじゃない!ねえ?
「そうだな。コンラートが執務中は暇だろう?その間だけでも行って来たらどうだ?」
「父上まで。駄目です。が買い物に行きたい時は俺が連れて行きますから」
「心配性な父親か?お前は。だって一人で買い物くらい行けるんだぞ」
「そんなことくらいわかってますよ」

少しだけ不機嫌になったコンラート様が椅子に座り直して続けた。

「この前、買い物に行った先でがどんな目に遭ったか…」
「なあに?なにかあったの?」
「えーと、八百屋さんにおまけしてもらって、魚屋さんに飴をいただきました」
「子供のおつかいか!そりゃいい。可愛がってもらうんだぞー?」
は可愛いもの!当然です」
「それだけならいいんです。俺もとやかく言いません」

笑っていたお二人がコンラート様を見た。

「その帰り、ごろつきにからまれた、だろう?」
「…はい」
「なんだって!?」
「まあ!ひどいことされなかった!?」
「コンラート様が助けてくださったので…」


あの日、コンラート様がいなかったらと思うとぞっとする。震えてうごけないわたしを優しく抱きしめてくれたぬくもりは忘れられない。

!お前は一人での外出は禁止だ!」
「そうね!護衛が必要ね!」
「ちょ、旦那様?奥様!メイドなんですから一人で動けないと困ります!護衛なんて必要ありません!!」
「そうそう。には俺がいます」
「コンラート様、甘やかさないでください。わたし、一人でも大丈夫です」

不機嫌な顔で首を振るコンラート様に呆れつつも心配してくれるのはとても嬉しくてたまらない。

は俺が守ってあげるから」

そんなこと言われたら思い上がってしまう。けして意味はないのに。

はうちの可愛い娘だからな。変な虫がつかないように見張れよ?コンラート」
「言われなくてもそのつもりです」
「やっぱり護衛をつけましょうよ」
「だから必要ないですって!!」

これじゃあ仕事にならない。
食後、旦那様は領地の視察に、奥様は買い物に出かけコンラート様は執務中。その間、わたしはコンラート様の私室の掃除をしていた。

「お疲れさーん」
「ひゃっ!?」

ベッドメイキングをしていると背後から話しかけられ、シーツに皺が寄る。

「あ、あのっ?」

目の前に歩いてきたその人はわたしの顎を掴んで右に向けたり左に向けたりして観察されているみたいで。

「あんた…名前は?」
「は?あ、え?」
から離れろ。ヨザック」

コンラート様の低い声がしたかと思うと大股でこちらに近付いてわたしを後ろに隠した。

「いやだねー。ちょっと見てただけじゃないか」
「不躾になんだお前は」
「そんな怒るなよー」
「あの、コンラート様?」

背中が怒っているみたいで声をかけていいものか迷いながら伺うと振り返ったコンラート様はいつものように微笑んでいた。

「ひゅー。変わり身早いねえ」

茶化すように口笛を鳴らしコンラート様の背中越しにこちらを覗き込んでくる。

「ああ、こいつはグリエ・ヨザック。腐れ縁でね」

不思議そうな顔をしていたんだろうわたしにそう説明してくれた。

「ひどいなあ。幼馴染だろー?」
「そうなんですか。はじめましてグリエ様。と申します」
「うんうん。よろしくー。ヨザックでいいよん」

人懐っこい笑顔をする人だな。こっちもつい笑ってしまう。

「可愛いねえ。こりゃ付き合い悪くなるわけだ」
「やかましい」

左手はわたしの手をとり、右手でヨザック様の背を押してソファへと移る。使用人なのにコンラート様に引かれるままソファに座り込んでしまった。
まだ手は繋がれたまま。

「お前が顔を出さないからこっちが来てやったんだぞ」
「忙しいんだ。暇人の相手をしている暇はないんでね」
「忙しいのは仕事?それとも」

ヨザック様の青い瞳がわたしを捉える。

「え?」
「お前に関係ないだろう」
「たまには可愛い幼馴染に会いたいなーとかないわけ?」
「ない」

がっくり肩を落とす姿が可愛らしくて思わず笑ってしまう。

「すまないな。こんな馬鹿な男で」
「いいえ!とんでもございません。愉快なご友人でいらっしゃいますね」
、騙されちゃいけないよ?あいつはああやって人を油断させるのが上手いんだ」
「ちょいまち。そんな嘘を吹き込まないでもらえるー?ちゃんが俺と話してくれなくなったら寂しいじゃん」
「俺としてはそうなって欲しいんだが?」
「独占欲強すぎだぜ」

呆れたようにため息をついて、でも一瞬でそれがからかうような笑顔に変わる。

「可愛いメイドが入ったって聞いてたから楽しみにしてたんだけど一向に見せてくれないし、来たら来たでちゃん離さねーし」
「可愛いからどこかのケモノに襲われたら大変だろう?」
「へーへー。そうっすねえ」

握った手に力が込められ、反射的にコンラート様を見上げると穏やかな瞳でこちらを見ていた。

「ちょーっと?お二人さーん。俺もいるんですけどねー?」

数秒なのにヨザック様の存在を忘れてしまうくらいコンラート様を見つめていたことに気がついて慌てて顔を背けた。

「も、申し訳ございません!お茶をお持ちいたします」

努めてさりげなく手を離しその場を離れる。

「おかまいなくー」と間延びしたヨザック様のお言葉に甘えて少しだけ時間をいただこう。
すぐには戻れない。こんな火照った顔では。