<第一話>

乗り心地がいいとは言えない馬車に揺られ、どこまで来たのだろう。
それまで同じような年の少女が何人もいた筈なのにその数も減ってしまった。境遇はみな同じ。
わたしは商品。売買されるのだ。

買われた先でどういう扱いを受けるのかなんて考えたくなかった。
最悪、慰み者として生きていかねばならないのだろう。人を買うという神経を持った者にまともなことを期待しても無駄だ。

揺れが小さくなり、馬車が止まった。

「おい。出ろ」

小太りの男に指で指し示され、荷物を持って降りた目の前には大きなお屋敷。やはり人の目が気になるのかそこは裏口だった。


「お前は幸せ者だな。双黒で生まれたことに感謝しな。滅多にいない双黒のおかげでこんな屋敷で暮らせるんだ」

双黒の者が珍しいこの国では人気商品なんだとこの男は言った。
これから先、死んだも同然のわたしにはどうでもいいことだけれど。

中に入ろうとしたところへ二人の男が現れた。

「おお、旦那様。お待たせしました。どうですかな?今回は。なかなか上玉でしょう」

揉み手で売り手の男が尋ねた。わたしの主となる男はどうやら常連のようだ。

「ふん。この前のはちっとも言うことをきかんでな。せっかく可愛がってやったというのに。今頃色町で働いているだろうさ」
「こいつは従順そうでしょう?きっと旦那様のお気に召しますよ」
「ああ。顔はいいな。お前、名前は?」
「……と申します」
か!」

なにが可笑しいのか下品な笑い声をあげる男に冷ややかな視線を送る。

「待て。その娘を買うというのか?」

それまで黙っていたもう一人の男が口を挟む。主となる男より品の良さそうな男だ。

「ウェラー卿?」
「こんな年端もゆかぬ娘を買うなど、領主のすることではなかろう」
「綺麗事を仰るな。こんなこと誰でもやっている」

ウェラー卿、を忌々しげに見てわたしに手を伸ばす。

「これは玩具だ。子供の玩具と一緒だよ」

男、つまりわたしの主となる男に肩を抱かれ密着する。途端に吐き気が込み上げてきた。
それに耐えるしかない。耐えねばしかたがない。
ここに来るまでの間、覚悟をきめた筈なのに体も心も嫌悪する。
この男を主としなければならないのならいっそ―――――…

「私に譲ってくれ」
「「は?」」

わたしだって声にはださなかったけれどそう思った。

「ウェラー卿?なにを…」
「その娘を譲ってくれと言ったんだ。金を出せばいいんだろう?」
「旦那、こいつはもう買い手がついてる。馬車にまだ残っているからそいつはどうだい?」
「その娘も双黒か?」
「いや。赤毛にブロンドだ」
「じゃあ却下だ。この娘がいい」

商品の知らないところで話は進む。どちらにしろわたしに拒否権はないのだけど、どうせならウェラー卿に仕える方がいい。

「わかりやした。ウェラー卿。旦那に買っていただきます」
「な!私の注文品だぞ!?」
「じゃあウェラー卿より高値で買ってくださるんで?」
「ぐっ…!」
「異論ないな?では私はこれで失礼する。さあ、行くぞ」
「は、はい」

手を引かれ立派な馬車に乗せられる。ふかふかのシートに向かい合って座るとウェラー卿が急に笑い出した。

「あの……」
「はははっははははは。…あいつの顔、見たか?情けない面しやがって」
「えーっと…」

ひとしきり笑って漸く落ち着かれたウェラー卿、いや旦那様に挨拶をした。

と申します。精一杯お仕えいたしますのでどうぞよろしくお願いいたします」
「私はダンヒーリー・ウェラー。小さなところだが領主なんてやっている。君には私の屋敷で働いてもらおう」
「はい」
「おっと。心配しないように言っておくが、ただのメイドだよ?私には最愛の妻がいるからな」
「わかりました」

旦那様の向ける優しい笑みに緊張がほぐれていった。


「さあ、着いたぞ」

そう言って旦那様が降り立った途端。

「あなた〜!お帰りなさ〜い」
「ツェリ!ただいま」

金の巻き毛に魅惑のプロポーション。類まれな美女はどうやら奥様のようだ。

「あら?こちらは?」
「ああ。……なんて言ったらいいのか。今日からここで働いてもらおうと思っているんだがコンラートはいるか?」
「ここにいますよ。父上」

柔らかな声がわたしの後ろから聞こえた。

「おお、コンラート!よし、揃ったな。とりあえず中に入ろう。もついておいで」
「は、はい」

場違いな雰囲気に圧倒されながら通された部屋。そこで旦那様はわたしを買ったことを話された。

「まあ!あの方、娘なんて買ってらしたの?信じられない」
「双黒に執着しているようだが気に入らないと色町に売ったり殺すこともあるらしい。そういう噂がある男が目の前で娘を買おうとしているんだ。止めないわけにいかないだろう」
「そうね!そうだわ!といったわね?良かったわ。助けることができて」

奥様がわたしの手を握りしめて力強く言った。

「でも安心して!これからはあたくしを母親と思って頂戴?あたくし娘がほしかったの!」
「は、はあ?」
「いやーん!可愛いっ。ね?はあたくしのそばにおいてもいい?」
「あー…その、にはコンラートの世話をだな」
「えー!?」
「俺、ですか?」

予想だにしなかったことにコンラート様も驚いている。旦那様はコンラート様に頷くと今度はわたしを見やった。

「身の回りの世話をしてやってくれ」
「コンラート、ずるーい!」

わたしは買われた身。どんな仕事でもやるつもりだった。汚い仕事でも。
それなのに、こんなに優しい主に巡り会えたなんてわたしは幸せ者です。

「はい。わたしでよろしければ」

精一杯お仕えしよう。わたしに居場所をくれたあたたかな人たちに。
わたしの全てで応えましょう。