さようなら眞魔国 X

最近長湯ねぇ〜なんてお母さんは呑気に笑うけど心苦しい。

あたしが長湯なのはコンラッドに会いたいからなのに。
こっちの生活を捨てる覚悟で試しているんだから。













「早瀬」

彼、南野くんが手を振って向かって来る。
待ち合わせはいつもデートしていた喫茶店。落ち着いた雰囲気でお気に入りの店なんだ。


「久しぶりだな、もう風邪は大丈夫なのか?」
「うん、もういい」

地球に戻ってから、風邪をひいたと嘘をついて彼に会うのを避けていた。
今のあたしに彼のことを考える余裕がなかったから。でもいつまでも逃げるわけにはいかない。
アイスティーを飲みながら彼の話に相槌を打つ。
でも頭の中にあるのはいつ自分の話を切り出すかということだけ――――


「聞いてる?」
「あ…!ごめん」
「どうしたんだよ、まだ具合良くないんじゃないか?」

優しく額に手を当ててくるから涙が出そうになる。

「熱はないみたいだけどな」
「…あのね、話があるの…」
「話?」

膝の上に置いた手を強く握り締めた。
そこにあるのはコンラッドからもらったリボン。

きちんとしなくちゃコンラッドの側には行けない。
だから、だから……


「別れたいの」

彼の瞳が揺れた。

罵られることも軽蔑されることも殴られることも覚悟してた。
でも彼は穏やかだった。

「好きな奴でも出来た?」
「…うん」
「どんな奴?」
「…優しい人だよ」
「付き合ってるの?」
「……ごめんなさい」
「いつから?俺と付き合う前とか?」
「違う!……最近出会った人で…」

彼がいるのにコンラッドを好きになった。
裏切ったのは真実だから。


「ひどいことしたって分かってる。でもね彼のことホントに好きなの」
「……悔しいよな」

彼がポツリと呟いた。

「早瀬が俺のことを好きじゃないって承知で付き合ったんだ。だからこういうことも覚悟はしてたよ。でも一緒にいればいつかはって思ってたんだ」

彼は水の入ったコップを握り締めた。

「悔しいし、そいつが羨ましいよ。早瀬の気持ちが手に入ったんだからさ」

なんで笑っていられるんだろう?
南野くん、優しすぎるよ。あたし裏切ったんだよ?
もっと傷つけていいのに。

「でも覚悟しててもきついなぁー……俺、早瀬のこと本気で好きなんだなぁ…」
「あたし、南野くんのこと好きになろうとしてたよ。彼に会わなかったらきっとすごく好きになってた…」
「うーん…なんか虚しいからそんなの言うなよ」
「ごめん……」

彼の顔は苦しそうで、でもそれでも笑顔をつくってた。

「俺が早瀬を振り向かせることが出来なかったんだから仕方ない。だから謝らなくていいよ」
「……ごめんなさい」

ダン!!

「謝るなよ!」

いきなり机を叩き声を荒げた。

「…ごめん。でも早瀬、分かってないだろ。謝られるたび俺が惨めになるってこと。お前はその男がいるしいいさ。でも俺は違うんだよ」

唇を噛み苦痛に耐えようとする彼を見ていたらこんな優しい人を傷付けてる自分がひどく醜く見えた。

「早瀬に怒鳴るのも簡単だよ。いろいろ言いたいこともあるよ」
「……言ってよ…」
「嫌だ」

怒気を含んだ声にはっとして彼を見るとやっぱり笑っていた。

「俺は意地悪だから早瀬が楽になることなんかしてやらないよ」
「楽……?」
「そうさ。俺がここで早瀬を傷付けても俺ほどのダメージは受けないだろ。男のとこに行ってなぐさめてもらえばいいしね。自分が下に出てるようで実は俺を見下してるからそんなこと言えるのさ」
「そんなこと…」

南野くんの言葉に胸が締め付けられる。

「泣くの?それも同じだよ。ただの自己満足さ。馬鹿にしてるよ」

違わない。

傷付けてもらえば自分のやったことが少しは軽くなる気がするからだ。
だからひどく罵ってほしかった。
優しいなんて思ったりして、あたしって最低だよ。

「な、性格悪いだろ俺」
「そんなことない」
「悪いよ。早瀬を苦しめてやろうってしてるんだから」


そう言うと立ち上がる。

「じゃあな」










泣けない。

泣いちゃいけない。

南野くん、好きになれなくてごめんなさい。でもコンラッドを好きになったことは悪いと思わない。胸を張れるわ。
それから、ありがとう。


苦しいけれどこれでコンラッドの元にいける。

早く抱きしめて。
キスして。
名前を呼んで―――
いつもみたいに甘く囁くように「」って。

あなたが呼ぶだけでそれが特別な言葉に変わる。

早く呼んで。

その瞳であたしを見つめて………



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