「妊娠したかもしれないの」
放課後カオリに誘われて訪れたファーストフード店でこんな爆弾発言をされた。
アイスティーを吹き出しそうになるのを堪えて聞き返した。
「に、妊娠て…カオリが?」
「……多分。アレが遅れてて…」
「調べたの?」
ふるふると首を振るカオリ。その様子に深呼吸して気持ちを落ち着かせるとは財布を持って立ち上がった。
「?」
不安色の瞳でカオリが見つめる。
「そこの薬局で検査薬買ってくるから調べよう?ね?」
カオリが頷くのを見ては薬局へと向かった。
制服姿のが検査薬をレジへ持って行くと店員は好奇心丸出しで見てきた。
気まずい思いもしたが買わないわけにもいかないのでその視線に耐え購入し店に戻る。
怖がるカオリに検査薬を渡すと覚悟が出来るまで関係ない話をしてまぎらわせた。
今日はいつまでもカオリに付き合うつもりでいた。
「ごめんね。あたしトイレに行って来る」
カオリがトイレに行くのを見送ってからは椅子に体を預けて深く溜め息をついた。
妊娠してなければいい。強く願った。カオリも彼もまだ高校生で、新しい生命を歓迎してはいない。だからこそカオリは思い詰めていたのだから。
数分後戻ったカオリの顔は笑顔だった。
「心配かけてごめん」
「困るなら避妊しなさいよ。自分の体も生命も大事にしてほしいの」
カオリは力強く頷いた。
だからも笑顔を見せる。
カオリは大丈夫だと信じられたから。
「へぇそんなことがあったんだ」
蔵馬に妊娠騒ぎの報告をしながら、は目の前の穴を見つめていた。
魔界へと続く穴。なんでも新種の植物が見付かって蔵馬がその調査を依頼されたのだとか。
「霊界は生命を扱うでしょ。その中にね…赤ちゃんもいるんだ。身体は出来てないけどちゃんと魂はあるんだよ」
「そうだね。大事にしてほしいな」
しんみりした雰囲気に慌ててが笑顔を見せる。
「じゃあ気を付けてね」
「うん。夜に連絡するから」
蔵馬が魔界へ向かうのを見届けては霊界へと戻った。
そこで蔵馬からの連絡を待っていたのに蔵馬からではなくそれは黄泉から来た。
――蔵馬が少しまずいことになった。すぐ来てほしい――
目の前が真っ暗になった。慌てて癌陀羅へと走った。
案内された部屋は騒がしかった。
「おぉ来たか」
黄泉は何だか疲れていた。
「蔵馬は?」
掴みかからんばかりで詰め寄ると隣室から修羅が顔を出した。
「!だ!蔵馬、だよ!」
「そっちにいるの?」
なんだか泣き声がする。それも赤ん坊の…
恐る恐る覗くと数人の女性が赤ん坊をあやしていた。
だが泣きやまず更にひどくなるばかり。
「ねぇ蔵馬は?」
嫌な予感から赤ん坊から目が離せない。
「この子が蔵馬だよー」
修羅が指差し、黄泉も頷く。
面影は確かにある。あるが信じられない。何がどうしてこうなったのか。
「ずっと泣きっぱなしなんだよ。蔵馬」
女性の一人が抱えた赤ん坊をに手渡した。
「だああ!」
途端に笑顔になる蔵馬。その様子に皆が安心して部屋から出て行った。
残った黄泉に説明を求めると瓶に入った粉を見せられた。
「これが新種の植物の花粉だ。これを吹き付けられて幼児化したらしい。一緒に行った者も数名被害にあっている」
「そんなことが…」
膝に抱えた蔵馬は1歳くらいだろうか、言葉も話せずあーとかうーとかしか発さない。
「今解毒薬をつくるため調べているところだ。その間蔵馬を頼む」
「えぇ―?あたし赤ちゃんの世話なんてわからないよ。そりゃあ面倒は見るけど一人だと…」
「…貸してみろ」
黄泉に抱き上げられた蔵馬は一瞬表情が固まった後、火がついたように泣き出した。
黄泉が慌ててに戻すとピタリと泣き止む。
他にも数名試したが男でも女でも以外では手に負えない。
に抱き上げられた蔵馬は嬉しそうに声をあげて笑った。
「こーら蔵馬。何でも口に入れたらだめだよ」
「あうー」
「蔵馬ーおやつ食べるよ」
「だあ!」
「わあぁん!!!」
「はいはい、オムツかなー?」
話を聞いた躯と飛影がと蔵馬の元に来たのは翌日だった。
二人はに抱かれた蔵馬を見て戸口で固まった。
そして試しにと抱いたがやはり泣かれた。
「すっかり母親じゃないか」
「まだ一日だよ。一時も目が離せないの」
蔵馬のオムツを替えてやるとご機嫌になり飛影によじ登り髪を引っ張る。
どうやら興味を示したらしく怖がってなかなかったのではその間休憩することにした。
飛影は固まっていたが。
「薬の進み具合はどうなんだ?」
「まだまだみたい。生態も分からない植物だから時間かかりそうだって」
ちらりと飛影を見ると髪を引っ張られて困惑していて思わず笑ってしまう。
「…なんだ?」
「んーん」
「飛影、ちゃんと遊んでやれよ」
「……チッ」
その時バランスを崩して蔵馬が後ろへ転びそうになるが飛影の手がさっと支える。
「赤ちゃんの頭って重いからすぐ頭から落ちちゃうの。気を付けてね」
「……なんで俺が」
ぶつぶつと文句を言うがと躯には勝てないので逆らわない。渋々蔵馬の相手をするしかなかった。
一週間が経つがまだ蔵馬は赤ん坊のままだった。
もすっかり母親業が板につき、蔵馬も黄泉や修羅にも慣れていた。
「パパー僕ちょっと森まで行って来るね」
「気を付けてな」
「いってらっしゃい。はい蔵馬もいってらっしゃーい」
が蔵馬の手を持ち修羅に向けて振る。
「さて、ちょっと蔵馬のおやつ持ってくるから見ててくれる?」
「あぁ」
蔵馬を床に下ろし部屋を出た。黄泉がいるし少しの間なら離れても泣かないので安心しきっていた。
「黄泉さま、失礼します。会議の資料なんですが…」
「これは妖駄にまかせているから奴に聞け。こっちはもうひとつ資料がある筈だ。これは……」
が戻ると仕事の話に熱中する黄泉がいて微笑ましく思ったが蔵馬の姿が見えないことに気付き持っていたトレイを落とした。
「蔵馬…!黄泉さん蔵馬はどこ!?」
「その辺にいた筈だ……あ、窓が」
窓が開いている。しかもここは一階だった。
「嘘!今の蔵馬には妖力はほとんどないのよ!?」
「待て!一人で行くな!」
黄泉の制止を振り払いは蔵馬が出たであろう窓から飛び出した。
赤ん坊の足で遠くまで行ける筈はないのに蔵馬は簡単に見付からなかった。
「蔵馬―――!!」
の呼び掛けにも答えない。
「どうしよう…こっちには来てないのかも」
逆方向は森。確かD級の妖怪がいた筈だ。本能のままに生きる低級な妖怪。赤ん坊など格好の餌だ。
「うわぁああん!!!」
「蔵馬!!」
森の入り口からそう遠くないところに蔵馬はいた。
服は泥まみれだが怪我はなさそうだ。
「よかった……!」
蔵馬の前で膝を折り抱きしめると安心したように顔を寄せてきた。
「心配したんだからね!」
顔を見せると小さな手で涙を拭き取ろうとするように頬を撫でた。
「無事でよかった…!」
戻ろうとした時には既に囲まれていた。
狼に似た妖怪。腹が空いているようで口からはだらしなく涎を垂らしている。
(数が多い!)
でも戦わなければ食われるだけだ。
蔵馬を抱え直し敵を睨みつける。隙を見せればすぐに襲ってくるだろう。少しでも時間が稼げれば黄泉が来てくれるだろうと思った。
「だああ!」
状況が全く分かっていない蔵馬は妖怪を指差し笑っていた。
「蔵馬いい子にしててよ…」
―――ギャウン!!
いきなり目の前の妖怪が倒れた。
そうして次々と倒れていく。
呆然とするの周りにいた妖怪はあっというまに全滅していた。
スタッ
黒い固まりが目の前に下りる。
「飛影くん!」
「無事か?」
はへなへなと座り込んだ。
「蔵馬、あまりを困らせるなよ」
「だう!」
「ごめんね。迷惑かけた」
ふるふると首を振って自分にしがみつくの背を撫でてあやしながら蔵馬は黄泉に修羅、躯、飛影へ礼を述べた。
「には頭があがらんぞ。飯にオムツにと世話焼かせやがって」
「うーん、ちょっと恥ずかしいなぁ」
「妖怪にも襲われたんだからね!蔵馬のせいで!」
「え!そうなの?」
蔵馬は赤ん坊になっている間の記憶が全くないらしい。
だからこのことには本当に驚いていた。
「怪我はなかった?」
相変わらず顔を上げないは頷くだけ。
「でも可愛かったぜ赤ん坊のお前は」
「あぁ、天使のようだったな」
「イヤミも言わんしな」
「躯、黄泉、飛影…怒るぞ」
「僕また赤ちゃん蔵馬と遊びたいな」
「もういい…」
漸くかすれた声でが話した。
「蔵馬がいないとやだ……」
やだよぅ と涙声になるに蔵馬は囁いた。
「大丈夫。ここにいるよ」
と。
「じゃあが産めばいいじゃないか。そしたらまた赤ん坊蔵馬と遊べるぞ、修羅」
「え!?ホント?」
「そうだな。も母親業に慣れたことだし産んだらどうだ?」
「あのなぁ、簡単に言うなよ」
呆れた蔵馬がを見下ろすと耳が赤くなっていた。
「…もしかしてほしい?」
ぶんぶんと首を振るに微笑んで囁いた。
「まだ早いよね」
こくこく。
「高校生だもんね」
こくこく。
「先に結婚しないとね」
…………。
「でもほしいなぁ。俺たちの子なら可愛いよね」
…………。
「いつか、ね」
こく。
いつか、俺たちの赤ちゃんを―――…
きっと近い将来、それは叶う筈。
〜〜fin〜〜