今日はバレンタインデー。恋する乙女にとってこの日は特別な日。勇気を振り絞ってあっちこっちでアタックを開始している。
そしてこの会社も例外ではない。ここには社長の義息にして超絶美形の薔薇の貴公子がいるのだ。

AM8時
女子ロッカーではパタパタとファンデーションを塗りたくりグイグイと紅をさす女子社員たちでひしめきあっていた。
この会社の就業時間はAM9時。朝礼が十分前に始まるがいつもより社員の出勤が早い。いや女子社員が、だ。

彼女たちのターゲットは南野秀一ただ一人。彼にいかにしてチョコを渡し自分を印象付けるか、それが今日この日にかかっているといっても過言ではない。

「誰が選ばれても恨みっこなしだからね!」

アイラインを何度も引きなおしながら一人が言う。

「そうね。ベストをつくすだけよ」

髪を整えながら一人が答えた。

「きたわっ!」

見張り役だったのだろう。ぱっちりした瞳の…いや、付け睫毛を何重にも張り付けている彼女の声でロッカールームは騒然となり我先にと飛び出していく女子社員たち。

はっきり言って怖い。雪崩のように、津波のようにターゲットに向かい走っている。途中で痛いとか踏まないでとか叫び声が聞こえたがそれらがこの塊を止める力を持つはずがなく、走り続けた。
そして今彼女たちの先頭集団の目にターゲットが映る。彼はデスクにいる。なにやら大きな紙袋ふたつと通勤鞄、そして小さめの紙袋。

「何かしら、あの紙袋」
「小さい方は書類みたいね」
「持ち帰って仕事?じゃああの大きいのは?」
「さぁ………」

書類をデスクに置き、ひとつため息をつくと彼は動いた。どうやらロッカールームに行くらしい。そろそろと後ろから集団で追う。

「みっ南野さん!あたし総務の近橋香苗ですっ!これっ受け取ってください!」
「わたしも総務の片桐マキです!お願いします!」

――――やられた!

別行動をとるものがいないわけではない。目的は渡すこと、そしてできるだけ彼の目にとまることだ。

チイッ!

誰かの舌打ちが合図となったかのように彼女たちは走り出した。

ドドドドド!!!
ビル全体が揺れる。さすがの彼も驚きを隠せない。

『南野さぁ〜ん!受け取ってぇ!!』

その声はハーモニーとなって(騒音以外のなにものでもない)彼の耳に届いた。声は届いた。間から好きだの付き合ってだの告白してくる輩もいる。
キラキラとした瞳でチョコを差し出してくる彼女たちを前に彼はなんとか微笑むと(この瞬間10人は倒れた)彼女らに言った。

「俺、婚約者いるんで …あの、チョコは困るんですけど」

彼女たちはしばらく呆然としていたが

「義理で!義理ならいいでしょ!?」

そういって彼の持つ袋にねじこんでいく。その袋は通勤途中にも同様の目にあったのだろう。大量のチョコが入っていた。

「俺食べないかもしれないですよ」
「いいっ!触れてくれるだけでいいからって…キャーッ!!しゃべっちゃった!」

渡し終えた女子社員たちは涙を流したり抱き合って喜んだりと急がしそうだ。

「とりあえず、ありがとう」

そういって彼はロッカールームへと消えた。
そして朝礼ギリギリまででてこなかった。


(ロッカールームにて)
「あ、?今日の待ち合わせ会社にしてもいいかな?…いや、寒いしさ。あんまり一人で歩きたくないというか…いい?悪いな。あぁ後で。……好きだよ」

(今日はできるだけ女性には近付かないでおこう。あぁしかし怖かった)



PM6時
受付嬢「いらっしゃいませ。お約束はおありでしょうか?」

相手が答えるより早く声がした。

ちゃんじゃないか?秀一くんを迎えにきたのかい?」

声の主は社長。つまり南野秀一の義父になる。
秀一くん!?
受付嬢は今朝彼が言っていた婚約者だと確信した。急いで内線から連絡網をまわす。
という女性、スラリとしたモデル体型の美女。ゆるくウェーブした髪は肩ま
であり物腰は柔らかく育ちの良さそうな雰囲気。非の打ちどころのないような女性である。

「おじさま。秀一さんはもう仕事終れるのかしら?この時間にくるように言われたんですけど」

にこにこと微笑みながら社長に話しかける。

「あぁ。今会議が終ってデスクに戻ってるはずだよ。支度まで少し時間がかかるだろう。部屋でお茶でもどうだい?寒かったろう」

社長は彼女をエレベーターへ誘導する。

「いいんですか?おじさま」
「いいに決まってるじゃないか。君はもう僕の娘みたいなもんだ。それと」

茶目っけを込めたように笑いながら

「もうすぐ親子になるんだからおじさまなんてよそよそしい呼び方はやめてくれるんじゃなかったかい?」

そういわれて少し頬を染めてはにかんだように彼女はそうでした、と笑った。
「…えっとお義父さま、あたしチョコレート渡そうと思って。甘いもの大丈夫でしたよね」

などと和気藹々としながら社長室へ消えていく二人。受付嬢はその後ろ姿を見ながら諦めることを決めた。

「おい、南野〜社長と一緒にいた美女、婚約者なんだって?」

帰り支度をしながら答える。

「あ、あぁ。見たのか」
「いいなぁ〜あんな美女とどこで知り合えるんだかな」

ロッカーを閉めながら苦笑する。

「本人がきいたら喜ぶよ。じゃあ明日」
「おう、じゃあな」

社長室にを迎えに行き二人で街中を歩く。

「ね、あのチョコの山置いてきたの?」
「いや義父さんに頼んだ。」

あんな荷物があったらと手もつなげないだろ、と笑う。

「で、俺にはいつチョコくれるんだ?」
「ふふふ。じゃ早くお店にはいろ」

そう言って店内に入っていく彼女の後ろから

のチョコだけは待ちどおしかったんだよな」

と誰にも聞こえないようにつぶやき後を追った。

〜〜fin〜〜